
IBM が、また大きな話をしています。ただ今回は「これからやります」ではなく、「もうできています」という言い方なんですね。
IBM の研究部門トップ、Jay Gambetta 氏が、5月7日にボストンで開かれた「IBM Think 2026」の最後の基調講演で語った内容です。要はこういうことですね——役に立つ量子コンピュータは、もう手元にある、と。
まず、Gambetta 氏の表現が面白いんですよ。彼は量子力学のことを「宇宙の OS(オペレーティングシステム)」と呼んでいます。
ちょっと大げさに聞こえますが、理屈は通っています。自然界はそもそも量子のルールで動いている。だから自然界をそっくり計算で再現したいなら、同じ量子のルールで動く計算機を使うのが筋がいい——物理学者ファインマンが、最初の量子コンピュータが生まれるよりずっと前に予言していた話です。古典的なコンピュータ(いわゆる普通のコンピュータ)が苦手な計算を、量子コンピュータに肩代わりさせる。計算の道具箱を増やす、という発想ですね。
で、何ができたのか。一番わかりやすいのが、分子のシミュレーションです。
クリーブランド・クリニックと、日本の理化学研究所のチームが、1万2635個の原子からなるタンパク質の複合体を計算した、と発表しています。使ったのは「SQD」という手法と、量子コンピュータと古典コンピュータを一緒に動かす「量子中心スーパーコンピューティング」というやり方。古典側は理研の「富岳」が担いました。これまでで最大級の、量子を中心に据えたタンパク質の計算で、しかも従来の最良手法と比べて精度が210倍上がった、とされています。原子の数が増えるほど、中の電子のふるまいは普通のコンピュータには手に負えなくなる。そこを量子と古典で挟み撃ちにした、という話です。
ほかにも実例が並びました。
オークリッジ国立研究所は、核融合炉の燃料づくりに使っています。核融合炉の内壁は「FLiBe」と呼ばれる溶けた塩(フッ素・リチウム・ベリリウムの混合物)で覆われていて、これが中性子を受け止めると、リチウムが燃料のトリチウムに変わる。ところがトリチウムは世界中で年に数ポンド規模しか作れない希少品です。その化学反応を、量子中心スーパーコンピューティングで、大ざっぱな近似に頼らず高い精度で計算できた、とのこと。
さらに Q-CTRL という企業は、IBM の量子クラウドを使って、商業的に意味のある材料の計算を、古典手法より3000倍以上速く終えた、と報告しています。古典なら100時間かかる計算が、量子のやり方だと2分。しかも誤差は1%以内。これ、なかなかすごいんですよ。
で、何が変わるかというと。
量子コンピュータは長いあいだ「いつか役に立つ」と言われ続けてきました。今回 IBM がやったのは、その「いつか」を「もう」に言い換えたことです。創薬につながるタンパク質の計算、エネルギーの核融合、新素材の探索——どれも日本の産業が正面から関わっている分野で、しかも今回の主役の一つは日本の富岳でした。量子コンピュータのニュースは、これまで遠い未来の話として読み飛ばしてもよかった。でもここから先は、創薬や素材や電池のニュースの裏側で、静かに効いてくる話になりそうです。続報待ちですね。
IBM Research: IBM is modeling the universe with quantum computing