
ふと考えてしまうんですが、「AI を使う」と「AI を持つ」は、似ているようでずいぶん違う言葉ですよね。
カナダの AI 企業 Cohere が、2026 年 5 月 20 日、新しい大規模言語モデル「Command A+」を公開しました。発表のタイトルは「Introducing Command A+: Making sovereign agentic capabilities available to all」。いちばんのポイントは、これがオープンソースとして出されたことです。しかも Apache 2.0 という、商用利用も改変も自由な、もっとも素直な形のライセンスで。
ChatGPT や Gemini を使うとき、わたしたちは誰かのサーバーに文章を預けています。便利ですが、預けた文章がどこを通ったのかは、こちら側からは見えません。オープンソースのモデルは、そこが違います。重みと呼ばれるモデルの本体をダウンロードして、自分の(あるいは自社の)コンピュータの中だけで動かせる。Command A+ は Hugging Face で配布されていて、無料で試せる場所も用意されています。
これ、見方を変えると、AI の主導権をどこに置くか、という話なんですね。Cohere はそれを「主権 AI(sovereign AI)」と呼んでいます。
とはいえ、大きなモデルは動かすだけで大変、という常識がありました。Command A+ が面白いのは、その常識に少し穴を開けてきたところです。
このモデルは全体で 2,180 億個のパラメータを持ちますが、一度の生成で実際に動くのは 250 億個だけ、という設計(MoE と呼ばれます)になっています。さらに 4 ビットまで圧縮した版が用意されていて、品質はほとんど落ちないまま、NVIDIA の H100 という GPU が 2 枚、あるいは新しい Blackwell 世代なら 1 枚で動く、と説明されています。データセンターを丸ごと借りなくても、という線が見えてきた、ということです。
性能の数字も添えられています。エージェントとして電話業務をこなすテスト(τ²-Bench Telecom)は前モデルの 37% から 85% へ、ターミナル操作の難しいテストは 3% から 25% へ伸びました。日本語のトークン効率も 18% 改善した、とあります。歴史を振り返ると、非英語圏の言語は AI の学習でいつも後回しにされてきたので、ここが具体的な数字で示されたのは、地味ですが大きいことだと思います。
日本にとっての含意は、発表文の中にそのまま書かれていました。富士通の最高技術責任者ヴィヴェック・マハジャン氏が名前を出してコメントを寄せていて、Command A+ の設計が、富士通自身の主権 AI の取り組み(Takane や Kozuchi)と方向性が合う、と述べています。海外発のモデルが、日本の大企業の「自社で完結する AI」にそのまま接続されていく——その入り口が、こういう形で見えてきました。
もちろん、光と影の両方を見ておきたいところです。「H100 が 2 枚」と言っても、個人が気軽に買える機材ではありません。手元のノートパソコンで動く、という話でもない。オープンソースとはいえ、学習に使われたデータまで全部公開されているわけでもありません。「誰でも使える」という言葉は、正確には「自分のサーバーを持てる組織なら、誰でも」に近いのだと思います。
それでも、ふと考えてしまうんです。これまで AI の地図は、ごく少数の会社のサーバーの中にだけありました。その地図のコピーを、自分の机の上に置ける組織が、これから少しずつ増えていく。AI を「借りる」だけでなく「持つ」という選択肢が、企業や自治体の現実的な検討対象になってきた——その変わり目に、わたしたちは立っているのかもしれません。答えを急がずに、見ていきたい話です。
Cohere: Introducing Command A+
Hugging Face: CohereLabs/command-a-plus-05-2026-w4a4(モデル重み)